ヒグマ駆除で猟銃許可を取り消されたハンターが最高裁で逆転勝訴――「処分は重すぎる」裁量逸脱と判断
2026年3月27日、最高裁判所がクマ駆除をめぐるハンターへの行政処分を「違法」と断じた。自治体の依頼に応じて出動しながら猟銃所持許可を取り消された北海道のハンターが、約7年にわたる法廷闘争の末に逆転勝訴を勝ち取った。有害鳥獣駆除での民間発砲の妥当性について、最高裁が初めて判断を下した歴史的な判決として注目されている。
事件の経緯と裁判の流れ
- 2018年8月:北海道猟友会砂川支部長・池上治男さん(77)が、砂川市職員と警察官の立ち会いのもと、ライフル銃1発でヒグマの子どもを駆除した。池上さんは市の要請を受けた「鳥獣被害対策実施隊員」(非常勤公務員)として出動していた。
- 2019年4月:北海道公安委員会が「周辺の建物に弾丸が着弾する恐れのある発砲だった」として、池上さんの猟銃所持許可を取り消した(銃刀法違反に当たるとの判断)。
- 2021年12月:一審・札幌地裁が取り消し処分を「違法」と判断。池上さん側が勝訴。
- 2024年10月:二審・札幌高裁が一審を覆し、「共猟者(一緒に猟をするハンター仲間)への跳弾の危険があった」として処分を「適法」と判断。池上さんが敗訴。
- 2026年3月27日:最高裁第3小法廷(林道晴裁判長、裁判官5人全員一致)が二審判決を破棄し、処分を「違法」と判断。池上さんの逆転勝訴が確定。7年ぶりに猟銃が返還されることとなった。
最高裁が示した判断のポイント
① 公益性を重視
最高裁は、池上さんが非常勤公務員として市の要請に応じて出動した点を重視。今回の行為は「周辺住民の生活環境を守るという重要な公益的意義を有する活動の一環として行われた」と明記し、行政側はその公益性を処分の判断に十分考慮すべきだったと指摘した。
② 現場の状況と経緯を評価
最高裁が考慮した具体的な状況は以下のとおり。
- 池上さんは当初「子グマだから逃がそう」と提案したが、市職員から住民の強い要望を理由に駆除を依頼された
- 警察官・市職員が立ち会い、住民の避難誘導が行われていた
- ヒグマとの距離はわずか約18mという至近距離で、短時間の判断が求められた状況だった
③ 処分は「重すぎる」
最高裁は、実際に人的被害が発生していないことなどを踏まえ、「許可の取り消しは池上さんにとって酷な面がある」と述べ、処分は「重きに失する(重すぎる)」として、裁量権(行政機関が持つ判断の幅)の逸脱・濫用にあたると結論付けた。
④ 二審の論理的誤りを指摘
二審・札幌高裁は「共猟者への跳弾の危険性」を理由に処分を支持したが、最高裁はこれを「他事考慮」(考慮すべきでない事項を持ち込んだこと)として批判。鳥獣保護管理法は「建物」への危険と「人」への危険を区別して規定しており、その趣旨に沿って判断すべきだとした。
制度的な課題と背景
ハンターが抱えるリスクの構造
現在の法制度には、ハンター個人に過大な責任が集中しやすい構造的な問題があるとの指摘がある。
- 銃刀法の硬直性:銃刀法には軽微な過失に対する「厳重注意」などの段階的な処分規定がなく、「許可取り消し」か「不問」かの二択しかない。ライフル銃の所持許可を得るには10年以上の散弾銃経験が必要であり、一回の公益活動でその実績を失うリスクが生じる。
- 公益性を考慮する規定がない:銃刀法・鳥獣保護管理法には、公益目的の活動であることを処分の判断基準に含める明文規定がない。
- 「後出し」的な責任追及:現場では3次元的な地形や状況を踏まえた判断が必要だが、後から平面的な地図上の位置関係だけで「危険な発砲だった」と判断されるケースがあるとされる。
「萎縮効果」と現場の空白
最高裁は判決の中で、このような厳しい処分が維持されれば、他のハンターが自治体の駆除要請への協力を躊躇する「萎縮効果」を招き、鳥獣被害対策特措法(国が鳥獣被害対策を推進するために定めた法律)の趣旨に反する事態を招く恐れがあると警鐘を鳴らした。
実際に砂川市では処分後にクマの出没件数が増加したにもかかわらず、ハンターが発砲を躊躇し、パトカーのクラクションで追い払う対応を余儀なくされた事態が報告されている。また、北海道猟友会は自治体からの駆除要請の拒否を容認する方針を打ち出していた。
2025年施行の「緊急銃猟制度」との関係
2025年9月、住宅街など市街地でも市町村長の判断によって銃器を使用した捕獲を可能にする「緊急銃猟制度」が施行された。今回の最高裁判決は、この制度の円滑な運用を後押しするものと評価されている。ただし、「引き金を引く」のはあくまでハンター個人であり、段階的な処分規定の整備や保険制度の充実といった追加の制度改革が必要との指摘もある。
判決後の動向・反応
- 池上さんは判決後の記者会見で「長い闘いが終わった」と述べた。
- 会見では「クマとの共存」をめぐり朝日新聞の記者と問答が交わされ、池上さんは「共存は絶対に無理」と明言。「山の自然を正しい形に取り戻すことが大切だ」と述べ、「共存」より「共栄と棲み分け」の考え方を訴えた。
- 最高裁は判決の補足意見(裁判官が個人として付加する意見)において、財政的・技術的支援(研修の充実)や損害賠償・保険制度の整備など、多角的な支援策の必要性を指摘した。
論点の整理
| 論点 | 行政側(道公安委員会)の立場 | ハンター(池上さん)側・最高裁の判断 |
|---|---|---|
| 発砲の安全性 | 建物への着弾リスクがあった | 現場には土手などバックストップがあり、人的被害も発生していない |
| 跳弾の危険 | 共猟者への跳弾リスクがあった(高裁) | 考慮すべきでない事項(最高裁が批判) |
| 公益性 | 銃刀法違反は形式的に適用 | 非常勤公務員として要請に応じた公益活動として重視すべき |
| 処分の重さ | 所持許可取り消しは適正 | 人的被害がない中での取り消しは「重すぎる」 |
まとめ
今回の最高裁判決は、有害鳥獣駆除に従事する民間ハンターへの行政処分の妥当性について、最高裁が初めて判断を示した事例となった。「公益性を適切に考慮しない処分は裁量の逸脱にあたる」という司法判断が確立したことで、全国的に深刻化するクマ被害対策の最前線に立つハンターの法的保護に一定の根拠が与えられた形だ。一方で、銃刀法の段階的処分規定の欠如や保険制度の不備など、制度的な課題は依然として残されているとの指摘がある。
参考・情報源
- 時事通信(2026年3月27日)
- 日本経済新聞(2026年3月27日)
- 北海道新聞(2026年3月27日)
- J-CASTニュース(2026年3月29日)
- 提供ソース資料
筆者のコメント

筆者コメント案
今回の判決、やっとか という気持ちで見ていました。
自治体に頼まれて、警察官も立ち会う中でヒグマを駆除して、それで猟銃を取り上げられる。しかも7年間も争い続けなければならなかった。制度の理不尽さを感じずにはいられません。
最高裁が「公益性」をちゃんと評価してくれたのは大きな一歩だと思いますが、問題はこれで終わりじゃないところが気になります。銃刀法の「取り消しか不問か」の二択構造は変わっていませんし、現場で引き金を引くのはあくまでハンター個人。制度の抜け穴はまだ残ったままです。
そして池上さんが会見で語った「クマとの共存は無理、共栄と棲み分けが必要」という言葉。現場を知る人間だからこそ言える重みがありました。「共存」という言葉がいかに現実と乖離しているか、改めて考えさせられます。
ハンターの高齢化・減少が続く中、こういった判決や制度整備が「駆除を引き受けてくれる人」を守ることに繋がるといいなと思います。クマ被害から住民を守れるのは、最終的には現場に出てくれる人たちなので。


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