そんなことある?
原発事故から15年――当時の官邸幹部が語る「あの判断」と再稼働の是非
ニュースの概要
2026年3月9日、Yahoo!ニュース オリジナル特集として、東日本大震災・福島第一原発事故から15年の節目に合わせた長編インタビュー記事が公開された。取材対象は、当時の菅直人内閣で官房副長官を務めた福山哲郎・現参院議員と、首相補佐官として東京電力本店に常駐した細野豪志・現衆院議員の二人。聞き手はジャーナリストの小川匡則氏。
事故の経緯を振り返ると、2011年3月11日、津波により福島第一原発は15時42分に全交流電源を喪失。圧力容器への注水が不能となり核燃料の冷却ができなくなった。政府は同日19時3分に原子力緊急事態宣言を発出した。その後、メルトダウン(炉心溶融)が進行し、3月12日15時36分には1号機の原子炉建屋が水素爆発で大破。3号機では14日、4号機では15日にも水素爆発が発生した。 Wikipedia
官邸は12日1時30分、海江田万里経済産業相名でベント(格納容器内の気体を外部に放出して圧力を下げる措置)の実施を正式に指示した。しかし実際のベント完了は12日14時30分までずれ込み、その約1時間後に水素爆発が起きた。
細野豪志氏は菅首相の指示により3月15日から東京電力本店に常駐し、その後6月に原発事故担当大臣に就任した。
要点
①ベント問題――東電との情報断絶
東電側は「ベントの準備に2時間ほどかかる」と説明していたが、予定の時刻を過ぎても実施されず、官邸が理由を問い合わせても即答が返ってこない状態が続いた。現場・東電本社・官邸の間で情報が連鎖的に途絶えており、誰が現場で責任を持って判断しているかも不明確な状況だったと菅元首相は後に述べている。
②菅首相の現地視察をめぐる評価の分かれ
「現場も見ないで判断したのか」と言われるよりも、総理が現地に入った方が良いという判断で、菅首相は3月12日早朝に自衛隊ヘリで福島へ向かった。批判的意見が多い中での決断だったが、現地で吉田昌郎所長(故人)と直接つながりを持ち、帰京後に「吉田は信用できる」と評価した。 一方で「菅総理の視察が現場を混乱させた」という批判は現在も続いており、吉田所長自身は聴取でその影響を否定している。 Wikipedia
③避難指示の範囲と基準
半径10キロ圏内に避難指示を出した当初、線量の実測値は把握できていなかったと細野氏は認めており、社会的コントロールの観点からやむを得ない判断だったと述べている。また、高齢者だけを残す選択肢も議論されたが、医療・介護の現実的な問題から、シンプルな形(全員避難)に落ち着いたと説明している。
争点
争点①:ベント遅延の責任は誰にあるか
ベントが予定より大幅に遅れたことは事実だが、その原因と責任の所在については見解が分かれる。東電側は、現場が全停電で暗闇の中、高線量の被ばくリスクを抱えながら2名1組で作業を進めるという極限状態にあったと説明している。 東京電力一方、官邸側は東電からの情報提供が不十分だったと訴えており、「東電の組織的な情報管理の失敗」対「現場の物理的限界」という構図で、今なお評価が定まっていない。
争点②:菅首相の現地視察は適切だったか
視察が現場の作業を遅らせたとする批判と、吉田所長との信頼関係構築につながったとする評価が15年後も並立している。指揮官の現場確認という行為の是非は、危機管理の原則論としても未解決の問いを残している。
争点③:原発再稼働の是非
記事の核心的テーマでもあり、事故当事者である政治家たちが現在進む原発再稼働についてどう評価するかが問われている。エネルギー安全保障や脱炭素という現代的文脈と、15年前の過酷事故の教訓をどう両立させるかは、社会的合意が形成されていない最大の論点である。また、除染廃棄物の中間貯蔵施設に関する30年以内の県外最終処分という約束が現状では進んでいないことを細野氏自身が危惧しており、 事故処理の問題が未解決なまま再稼働議論が進んでいるという矛盾も指摘されている。
筆者の感想

事故から15年。当時の官邸幹部のことばを読んで、あらためて感じたのは「情報が届かない恐怖」です。ベントをするとわかっていても、いつやったのか、なぜ遅れているのか、現場で何が起きているのか——それが官邸に伝わらない。組織の連携がうまくいかないまま、最悪の事態が進行していく。そのリアルさは、読んでいてなかなかしんどいものがありました。
菅首相の現地視察についても、「邪魔だった」「いや必要だった」と15年経っても評価が割れているのが印象的です。正解が一つじゃない、それが危機管理の難しさなんだと思います。
個人的に一番気になったのは、再稼働の話です。事故処理も、廃棄物の最終処分地問題も、まだ何も終わっていない。それでもエネルギー政策は動いていく。「あの15年間で何を学んだのか」という問いに、社会としてちゃんと答えられているかどうか、自分自身も含めて問い直すきっかけになりました。
風化させないために、こういう記事が出続けることは大事だと思っています。


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