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太陽の塔「目玉男」事件とは?1970年大阪万博で8日間籠城した男の全記録

世界の謎・珍ニュース
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1970年大阪万博 / アイジャック事件
太陽の塔「目玉男」事件とは?
万博を揺るがした8日間の籠城
1970年4月26日〜5月3日 / 「アイジャック事件」の全記録
EXPO 1970 OSAKA  |  EYE-JACK INCIDENT  |  159 HOURS

1970年4月26日、大阪万博のシンボル「太陽の塔」の右目に、ひとりの男が籠城した。赤軍と書かれたヘルメット、青いタオルの覆面。掲げたのは「万国博をつぶせ」というアジ演説だった。男の名は佐藤英夫。25歳、無職、北海道出身。のちに「目玉男」と呼ばれるこの人物は、国家プロジェクト全開の万博会場に、8日間にわたって独り居座り続けることになる。

この事件は、航空機乗っ取りになぞらえて「アイジャック事件」とも呼ばれた。岡本太郎が作り、日本が誇る芸術作品が、思想的異議申し立ての舞台となった事件の一部始終を、記録をもとに振り返る。

BASIC INFO
事件の基本データ
発生日時1970年4月26日(日)午後5時20分頃
終結日時1970年5月3日(日)早朝 ※籠城期間159時間(約8日間)
場所大阪万博会場内「太陽の塔」最上部・黄金の顔の右目部分(高さ約70m)
犯人佐藤英夫(当時25歳・無職・本籍北海道)
容疑建造物侵入・威力業務妨害(現行犯逮捕)
別称「アイジャック事件」「目玉男事件」
警察動員数約170人(大阪府警)
周辺野次馬2,000〜3,000人規模(報道による)
CHRONICLE
籠城の経緯と推移

1970年4月26日午後5時20分頃、「赤軍」と書かれた赤いヘルメットに青いタオルで覆面した男が、太陽の塔の最上部・黄金の顔の右目(直径約2メートル)の中に侵入した。男は「万国博をつぶせ」とアジ演説を行い、ハンガーストライキを宣言した。

4月26日 午後5時20分頃
侵入・籠城開始。黒いバッグを持って太陽の塔の右目内部に侵入し、扉を閉じる。アジ演説を開始。周囲はたちまち2,000〜3,000人の野次馬で混雑。大阪府警は約170人を出動させた。
4月26日 夜
右目の電灯、消灯措置。黄金の顔の目には強力な電球が内蔵されていたが、点灯すると男が焼死する恐れがあるとして、籠城中は右目の点灯を中止したとされている。
4月27日 午前10時半頃
岡本太郎が現場に到着。太陽の塔の設計者・岡本太郎が現場を訪れ、目玉男の姿を確認。カメラで撮影し、コメントを残して立ち去った。
4月27日 正午前
「第2の男」による別の騒動。籠城に触発された別の男・糸井貫二が「母の塔」に全裸で現れ、警察に取り押さえられた。
5月3日 早朝
投降・逮捕。警察の説得に応じ、籠城から159時間で自ら降りてきた。建造物侵入などの現行犯で逮捕。
PROFILE
犯人・佐藤英夫とは何者か

逮捕後の調べで、男の正体は北海道出身・当時25歳の無職・佐藤英夫と判明した。

  • 元地方公務員:かつて地方公務員として働いていた経歴があると報じられている。
  • ノンセクト・ラジカル:特定の政治組織に属さない「ノンセクト・ラジカル」であり、赤軍派との直接的な関係は確認されていない。
  • 荷物の中身:バッグの中には水、トランジスタラジオ、トイレットペーパー、『万葉集』『葉隠』などの文庫本が入っていたとされる。食料は持参していなかった。
  • 動機:後年、「仲間に太陽の塔を乗っ取ったら面白いことになると話した成り行きで決行した」旨を語っている。
KEYWORD

「ノンセクト・ラジカル」とは、特定の党派に属さず独立して行動した過激派の若者たちを指す言葉。

REACTION
岡本太郎の「いかすね」発言

事件翌日、岡本太郎は自身の作品が占拠されている状況を面白がるような反応を示した。

「いかすね。ダンスでも踊ったらよかろうに」
— 岡本太郎
「自分の作品がこういう形で汚されてもかまわない。聖なるものは、常に汚されるという前提をもっているからね」
— 岡本太郎
後日談

2018年の番組で、佐藤さんは事件当時に岡本太郎本人と直接会話をしていたことを初めて公表したと報じられている。

BEHIND THE SCENES
現場で起きた珍エピソードの数々
01
「第2の目玉男」を目指した全裸の男

糸井貫二という男が「母の塔」に全裸で現れ、警察に取り押さえられた。

02
空から降ってきた「黄金爆弾」

男が落としてきた紙包みを隊員が開封したところ、大便が入っていたと伝えられている。

03
「佐藤君」と呼んだら本名だった

適当に「佐藤君」と呼びかけたところ、本名が本当に「佐藤英夫」だったという話がある。

AFTERMATH
佐藤英夫、その後の人生
  • 2003年、ヤノベケンジ氏と再会:北海道で再会を果たし、当時の姿勢を持ち続けていると語ったとされる。
  • 2018年、テレビ初出演:MBSの番組に出演し、当時の状況や思いを語った。
SIGNIFICANCE
この事件が持つ意味
  • 「反博」運動の象徴:万博反対運動の極端な直接行動の一例とされる。
  • 「アイジャック」という命名:ハイジャックになぞらえ、目(eye)を乗っ取ったとして呼ばれた。
SUMMARY
まとめ

1970年大阪万博の「目玉男」事件は、祝祭の象徴が異議申し立ての舞台となった稀有な事件である。2025年の大阪万博を前に、改めて注目されている。

参考・情報源
  • [1] ユーザー提供資料(taiyou-no-to-eyejack.html)
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