日本ではあまり報じられないエクアドル危機を調べました
エクアドルで何が起きているのか?「かつて安全だった国」が麻薬戦争の最前線になるまで
南米の小国・エクアドルが、世界的な注目を集めている。かつては「南米の中では比較的安全な国」として知られていたが、2020年代に入って治安が急速に悪化。殺人件数は過去最悪を更新し続け、現在は政府が「国内武力紛争」を宣言する異例の事態となっている。日本ではあまり大きく報じられていないが、国際社会では深刻な問題として受け止められている。
ニュースの概要
- 2024年1月:犯罪組織のリーダー脱獄をきっかけに、エクアドル政府が全土に非常事態宣言を発令。22の犯罪組織を「テロ組織」に指定し、軍を治安維持に動員した
- 2025年:年間の殺人件数が9,174件に達し、前年(7,063件)から約30%増加。過去最悪を更新
- 2026年1月:首都キトを含む9県3市に、60日間の非常事態宣言を再発令。夜間外出禁止令も一部地域に適用
- 2025年9月:米国のルビオ国務長官がエクアドルを訪問し、治安支援として約2,000万ドル(約30億円)の拠出を表明。米軍の駐留再開にも意欲を示した
- 日本外務省の危険情報(2026年1月時点):コロンビア国境付近などに「レベル3(渡航中止勧告)」、グアヤキル市などに「レベル2(不要不急の渡航中止)」を発出している
要点まとめ
- かつて「南米で比較的安全」とされたエクアドルが、2020年代以降に急速に治安悪化
- 世界のコカインの約70%がエクアドルの港を経由して流出しているとされ、麻薬密輸の「中継地」化が進んだ
- 「ロス・チョネロス」「ロス・ロボス」など複数の犯罪組織が、麻薬ルートの支配権を巡って激しく抗争
- 政府は「鉄拳政策(マノ・ドゥーラ)」と呼ばれる強硬な軍事対応で応じているが、暴力は拡大している
- 深刻な電力不足問題も同時進行しており、国民生活は「治安・停電・人権制限」という三重苦の状態にある
解説・背景
なぜエクアドルは「危険な国」になったのか
エクアドルはコロンビア・ペルーという世界最大のコカイン生産国2カ国に挟まれた地理的な立地にある。以前は麻薬密輸の「通り道」にすぎなかったが、2009年に米軍がマンタ空軍基地から撤退したことで、空と海への監視の目が一気に弱まったと指摘されている。
その後、メキシコやコロンビアの強力な麻薬カルテルと結びついた地元の犯罪組織が急速に力をつけ、エクアドルを「密輸ハブ(中継拠点)」として活用するようになった。
人口10万人あたりの殺人発生率は、2018年の5.8人から2023年には44.5人へと、わずか5年で8倍近くに跳ね上がったとされる。
主な犯罪組織の構図
| 組織名 | 概要 |
|---|---|
| ロス・チョネロス | 最大の組織。グアヤキル拠点、推定1万人超。メキシコのシナロア・カルテルなどと協力関係とされる |
| ロス・ロボス | ロス・チョネロスの最大のライバル。麻薬取引のほか、違法採掘も掌握しているとされる |
| その他 | ロス・ティゲロネス、ロス・アギラスなど計22組織が活動中 |
2025年には組織の分裂が進み、明確な指導者が不在となった結果、縄張り争いによる暴力がさらに激化しているという指摘がある。
政府の「鉄拳政策」とは
2023年に就任したダニエル・ノボア大統領は、治安回復を最優先課題に掲げ、「フェニックス・プラン」と呼ばれる強硬な軍事対応を推進している。
主な施策は以下の通り。
- 「国内武力紛争」の宣言:犯罪組織に対し、通常の「犯罪取締り」ではなく「武力紛争」の枠組みで軍を投入することを正当化
- テロ組織の指定:22の犯罪組織を国際法上の「テロ組織」に指定
- 非常事態宣言の繰り返し発令:令状なしでの家宅捜索、電話・郵便記録の閲覧、夜間外出禁止令などの強力な権限を治安部隊に付与
- 大規模掃討作戦:「アポロ作戦」などで多数の逮捕や麻薬押収を実施
- 国民投票で法的根拠を整備:2024年4月の国民投票で、軍の権限強化や犯罪者引き渡しの容認などが承認された
電力危機も同時進行
治安問題と並行して、深刻な電力不足も国民生活を直撃している。
- エクアドルの電力供給の約75%は水力発電に依存しているが、2024年に過去60年で最悪とされる歴史的な干ばつが発生し、ダムの水位が極端に低下した
- 一時は全国規模で1日最大14時間に及ぶ計画停電(電力の配給制限)が実施された
- 国内最大の水力発電所「コカ・コド・シンクレア」でも、建設時の瑕疵(かし)による数千箇所の亀裂が報告されており、インフラの老朽化・脆弱性が課題となっている
- 政府はIMF(国際通貨基金)から48カ月で40億ドルの融資を受け、付加価値税を12%から15%に引き上げるなどの緊縮財政を実施
外交面での摩擦
ノボア政権の強硬姿勢は、外交問題にも発展している。
- 2024年4月:エクアドル警察がキト市内のメキシコ大使館に強行突入し、汚職容疑で保護されていた元副大統領を拘束。この行為が「外交公館の不可侵」を定めたウィーン条約に違反するとして、メキシコはエクアドルとの国交断絶を宣言した。国際社会からも批判を受けている
- 米国との連携強化:一方でトランプ政権下の米国とは連携を強め、2025年9月にはルビオ国務長官がエクアドルを訪問。米軍の駐留再開についても協議が行われているとされる
論点・争点
[1] 「鉄拳政策」は本当に有効か
政府の強硬策により2024年前半は一時的に殺人件数が減少したとも報告されているが、2025年通年では過去最悪を更新している。専門家の間では「強硬な取締りはかえって組織を細分化・過激化させ、暴力をエスカレートさせる」という懐疑的な見方もある。
[2] 人権侵害の懸念
非常事態宣言下での強権的な権限行使に対し、国際的な人権団体から以下の懸念が示されている。
- 令状なしの家宅捜索による市民のプライバシー侵害
- 治安部隊による過度な武力行使
- 恣意的(しいてき)な拘束や超法規的な処刑(法律の手続きを無視した殺害)の疑い
[3] 先住民・市民との対立
ノボア政権の燃料補助金廃止などの緊縮財政策に対し、先住民団体(CONAIEなど)を中心とした大規模な抗議デモや道路封鎖が繰り返されている。政府はこれらの活動も「テロ行為」とみなして軍・警察を投入しており、デモ参加者との衝突で死傷者が出る事態も発生しているとされる。
[4] 刑務所の機能崩壊
多くの刑務所では犯罪組織が事実上の支配権を握っており、大規模な暴動や脱走事件が繰り返されているとされる。囚人同士の抗争が数十人規模の死者を出す事件も報告されており、刑務所が「犯罪の拠点」になっているという指摘がある。
渡航者・在留邦人への影響
日本外務省は2026年1月時点で、以下の危険情報を発出している。
- レベル3(渡航中止勧告):カルチ県、エスメラルダス県北東部、スクンビオス県など(コロンビア国境付近)
- レベル2(不要不急の渡航中止):グアヤキル市、エスメラルダス県北部など
- レベル1(十分注意):首都キトを含む上記以外の全土(ガラパゴス諸島を除く)
特に注意が必要な犯罪として、以下が報告されている。
- 短時間誘拐(エクスプレス誘拐):車両に連れ込んでATMから現金を引き出させる手口。日本人の被害も報告されている
- 銃器を使用した強盗:在エクアドル日本国大使館付近でも拳銃を使用した強盗殺人事件が発生している
- 「ケチャップ・マスタード泥棒」:衣服に汚れを付けて注意を逸らし、隙に貴重品を盗む手口
参考情報:外務省海外安全ホームページ(検索キーワード「外務省 エクアドル 危険情報」)、時事通信、J-STAGE「ラテンアメリカの治安問題の現在地」
筆者のコメント

エクアドルって、ガラパゴス諸島のある国、くらいの認識だった方も多いと思うんですが、まさかここまで深刻な状況になっているとは……という感じですよね。
殺人件数が5年で8倍というのがまず衝撃で、「国内武力紛争」という言葉を政府自ら使っている時点で、もう普通の治安対策の話じゃないんだな、と。
「鉄拳政策でどんどん取り締まる」方向性については、エルサルバドルのブケレ大統領のケースとよく比較されるんですが、エクアドルの場合は犯罪組織が細分化しすぎていて、「頭を抑えれば終わり」という状況にないのがより厄介なところです。
電力危機も絡んでいるのが本当に気の毒で、治安が悪い・停電する・増税される、という三重苦を国民が受けているわけで、先住民団体がデモを起こすのも「それはそう」と思う部分はあります。
ガラパゴス諸島は比較的安全とのことですが、本土は本当に気をつけてほしいですね。


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