しているのか?
2026年2月28日、アメリカとイスラエルはイランへの大規模共同軍事作戦「エピック・フューリー(壮絶な怒り)作戦」を開始した。この記事では、1953年から続く対立の歴史、攻撃に至った複数の要因、そして現在の状況を事実ベースで整理する。
70年以上にわたる「確執」の全史
アメリカとイランの関係は、「かつての同盟国」から「完全な敵対関係」へと劇的に変化した。その根底には、石油利権、体制の変革、宗教イデオロギー、核開発問題が複雑に絡み合っている。現在の攻撃を理解するには、この長い歴史を丁寧に辿る必要がある。
対立の種は、1979年の革命よりもはるかに前にまかれている。
それまでイランの石油産業は、イギリス系資本の「アングロ・イラニアン石油会社(AIOC、現在のBP)」が独占していた。1951年、民主的な選挙で選ばれたモサデク首相は「イランの石油はイランのもの」として国有化を宣言し、国民の圧倒的な支持を得た。
これに反発したのがイギリスとアメリカだ。イギリスは海軍をイラン近海に派遣してタンカーへの攻撃を示唆し、国際市場からイランの石油を締め出す経済封鎖を敷いた。そしてアメリカのCIAとイギリスのMI6は「共産主義化の防止」を名目に、秘密工作「TPAJAXプロジェクト(エイジャックス作戦)」を立案した。
- —CIAはテヘラン南部の貧民層を資金で買収し、「反モサデク暴動」を人工的に起こした
- —1953年8月19日、王党派の軍がクーデターを決行。モサデク首相の自宅は戦車を含む部隊に攻撃された
- —2013年、ジョージ・ワシントン大学が機密解除した公文書は「このクーデターは米外交政策の一環としてCIAが率先して実行した」と明記している
- —2009年、オバマ大統領がカイロ演説で「民主的に選出されたイラン政権の転覆に米政府が関わっていた」と在任中の大統領として初めて公式に認めた
クーデターにより、アメリカの後ろ盾を得たパフレヴィー2世(「シャー」=国王)が実権を握った。皮肉なことに、アメリカはこのクーデターへの見返りとしてイラン石油利権の40%を得たとされている。
クーデター後に権力を固めたパフレヴィー2世は、アメリカの強力な支援のもとで「白色革命」と呼ばれる近代化・西洋化政策を推進した。農地改革、国営企業の民営化、婦人参政権など、見かけ上は進歩的な改革だった。
しかし、その実態は秘密警察「サバク(SAVAK)」によって支えられた強権独裁だった。サバクはCIAが指導したとされており、反政府勢力を拷問・粛清し、言論や思想の自由を封じた。石油ブームで潤った王族・側近たちが巨富を蓄える一方、農民は農業を捨てて都市に流入し、貧富の格差は拡大した。
- —1977年、イランの国家予算の40%が軍事費に投入された
- —1974年、アメリカへの武器購入額は39億ドル。1977年には57億ドルに達し、イランはアメリカ製武器の最大の輸入国となった
- —1977年、イランを訪問したカーター米大統領は「世界でも困難が多い地域における安定の島」と国王を称えた。その翌年から大規模な反政府運動が始まった
国王の近代化政策はイスラム教の伝統的価値観を蔑ろにするものとして、宗教指導者(ウラマー)層の強い反発を招いた。その中心人物が、のちに革命を指導するホメイニー師だった。ホメイニー師は1964年に国外追放され、イラク、フランスと亡命を続けながら、カセットテープで説教を録音してイラン国内に広める形で反政府運動を指導し続けた。
1978年1月、イスラム教の聖地コムで宗教学生のデモを治安警察が弾圧したことをきっかけに、全国でデモが多発し始めた。イスラム教では死者を40日ごとに弔う慣習があり、犠牲者を悼む集会が40日ごとに各地で繰り返されるたびに運動が拡大するという連鎖が生まれた。
同年9月、テヘランの広場でのデモに軍が発砲し数千人の犠牲者を出す「黒い金曜日」が発生。もはや国民の怒りは抑えられなくなった。
新政権はアメリカを「大悪魔(Shaitan-e Bozorg)」と名指しで呼び、明確に敵視する姿勢を打ち出した。ホメイニー師は「イスラム革命の輸出」を憲法に掲げ、中東全域に反米・反イスラエルの影響力を広げることをイランの国家目標に据えた。
- シーア派
- イスラム教の二大宗派の一つ。全イスラム教徒の約1割だが、イランでは国民の9割以上がシーア派。預言者ムハンマドの後継者を巡りスンニ派と分裂した。
- 最高指導者
- イランの最高権力者。大統領より上位に位置し、軍・司法・外交の最終決定権を持つ。イスラム法学者が就任する規定で、1989年以降はアリー・ハーメネイー師が務めてきた。
- 法学者の統治
- ホメイニー師が唱えたイランの統治理念。イスラム法学者が政治の最高権威を持つべきという考え方で、現在のイランの国家体制の根幹をなす。
1980年9月、イラクのサダム・フセイン政権が革命の混乱に乗じてイランに侵攻し、8年間に及ぶイラン・イラク戦争が始まった。アメリカはイラク側を支援し、化学兵器の使用情報があったにもかかわらずイラクへの支援を続けたとされている。ヨーロッパ諸国やソ連、中国も多くはイラク支持に回り、イランは国際社会でほぼ完全に孤立した。
この孤立の中でイランが取った戦略が「革命の輸出」──すなわち、他国の武装勢力を育成・支援することで間接的にアメリカ・イスラエルと戦うというアプローチだった。1982年、イランは革命防衛隊をレバノンに派遣し、ヒズボラの創設を支援した。これが現在の「抵抗の枢軸」ネットワークの原点となったという指摘がある。
2002年、イランが秘密裏に核開発を進めていることが発覚し、対立の焦点は核問題に移った。
- 濃縮ウラン
- 核兵器の原料となりうる物質。「純度60%」は核兵器用の「90%以上」には達しないが、その手前の段階。IAEAはこれを「深刻な懸念」として警告していた。
- IAEA
- 国際原子力機関。核の平和利用を推進し、軍事転用を防止するための国連機関。加盟国の核施設を査察する権限を持つ。
2020年1月3日、バグダード国際空港近くで、革命防衛隊ゴドス部隊のガーセム・ソレイマーニー司令官が米軍の無人機攻撃によって殺害された。同乗していたイラクの親イラン民兵組織(人民動員隊)の副司令官も死亡した。
ソレイマーニー司令官は中東全域のシーア派民兵組織への支援・作戦を統括してきたイランの軍事的実力者であり、最高指導者ハーメネイー師の最側近の一人だった。トランプ政権は「アメリカの外交官や軍人への攻撃を画策していた」として殺害を正当化した。
イランは即座に報復を宣言し、イラクにあるアメリカ軍基地へ弾道ミサイル攻撃を実施。アメリカ兵に死者は出なかったものの、脳震盪などによる傷病者が100人以上報告された。両国は一触即発の状態となったが、その後の大規模な直接衝突は回避された。この殺害が、イラン国内の強硬派の結束を高め、後の2025〜2026年の軍事衝突への伏線になったという指摘もある。
2025年6月13日から25日にかけて、イスラエルとイランが直接交戦する「12日間戦争」が発生した。イスラエルはイランの核施設、ミサイル基地、防空システムを標的に攻撃し、革命防衛隊のサラミ司令官やイラン軍のバーゲリー参謀総長、核科学者のアバーシーらが殺害されたと報じられている。
終盤の6月22日にはアメリカが参戦し、B-2ステルス爆撃機を使ってフォルドゥ、ナタンズ、イスファハーンの3か所の核施設を爆撃。翌23日にトランプ大統領の仲介で停戦合意が成立した。しかしイランはその後も施設のより深い地下での再建を続けたと報じられており、この「停戦」は2026年の大規模攻撃への布石となったという指摘がある。
革命防衛隊(IRGC)とは何か
アメリカとイランの対立を理解するうえで、この組織を知らずには話が進まない。「イスラム革命防衛隊(IRGC)」は、単なる軍事組織ではなく、イランの政治・経済・外交を一体で動かす巨大な権力機関だという指摘がある。
- IRGC
- Islamic Revolutionary Guard Corps の略。イスラム革命防衛隊。最高指導者直属の組織で、通常の国軍とは別に存在する。
- ゴドス部隊
- IRGCの中の対外特殊工作を担う精鋭部隊。国外の武装勢力への支援や諜報活動を専門とする。
- 抵抗の枢軸
- イランが資金・武器・訓練を提供する武装勢力のネットワーク。ヒズボラ(レバノン)、ハマス(ガザ)、フーシ派(イエメン)などが含まれる。
革命防衛隊は石油・ガス産業、建設業(ダムや道路など大規模インフラ)、通信業といったイラン経済の屋台骨となる主要産業に深く関与している。これらのビジネスから生まれる利益が、政府の通常予算とは独立した巨大な「独自財源」となっているという指摘がある。
この経済力が彼らの「政治的パワーの源泉」であり、通常の国軍を凌ぐ実力と権威を持ち、国内政治に強い影響力を行使する構造をつくっているとされる。
革命防衛隊の独自財源は、「革命の輸出」と呼ばれる対外戦略に充てられているという指摘がある。ゴドス部隊がその中枢を担い、レバノンのヒズボラやガザのハマスなど「抵抗の枢軸」に対して資金援助、武器の供与、軍事訓練を行ってきたとされる。
- —ヒズボラ(レバノン):イランが最も重視するパートナー。長年にわたる支援を受けてきたとされる。
- —ハマス(ガザ):パレスチナのイスラム主義武装組織。対イスラエル闘争の象徴的存在。
- —フーシ派(イエメン):紅海の海上輸送を脅かす攻撃を繰り返してきた。アメリカが支援停止を強く求めた組織のひとつ。
- —イラクの武装勢力:ゴドス部隊との密接な協力関係が指摘されており、米軍基地への攻撃にも関与してきたとされる。
革命防衛隊が通信インフラを握っていることは、体制維持の観点からも重要な意味を持つとされる。反政府デモへの監視・弾圧に活用されるだけでなく、2026年2月の軍事衝突の際にはイラン国内のインターネットが完全に遮断されたという報告がある。これは国民が組織的に抵抗運動を展開することを困難にし、外部への情報流出を防ぐためだったという指摘がある。
2026年攻撃の直接要因
2026年2月の攻撃は、ひとつの出来事で起きたわけではない。複数の要因が重なり合って「今しかない」という判断につながったとされている。
2025年12月末、テヘランのグランドバザールの商人たちが物価高騰と通貨リアルの暴落に抗議して店を閉め、その動きが全31州・120以上の都市に拡大したと報じられている。スローガンは「ハーメネイーに死を」といった体制転換を直接求める内容に先鋭化したという。 体制側はインターネットを遮断し、革命防衛隊や民兵組織(バスィージ)が実弾射撃で弾圧。トランプ大統領は2026年2月27日の記者会見で、イランが「少なくとも3万2000人のデモ参加者を殺害したと思われる」と述べたと伝えられている。アメリカ側はこの国内混乱を、イラン体制を転覆(レジーム・チェンジ)させるための「好機」と判断したという指摘がある。
2026年初頭に再開されたアメリカとイランの核協議は、事実上の決裂状態に陥ったとされる。アメリカは「核施設の解体」「ウラン備蓄の完全な引き渡し」「ヒズボラやフーシ派などへの支援停止」という3つの要求を提示した。イランにとってこれらは「受容不可能」な要求であり、交渉は膠着した。 さらに、2025年6月の攻撃で主要核施設が打撃を受けた後も、イランは施設をより深い地下で再建し続けたと報じられている。2026年2月には「オマーン外相が突破口と報告してからわずか24時間後に攻撃が開始された」という情報もあり、米・イスラエル側がもはや言葉による約束を信用しないと判断した結果だという指摘がある。
主な理由は2点指摘されている。ひとつは「中国製超音速ミサイル(CM-302)の購入契約」だ。このミサイルは低空を高速で飛行し、空母の防空網を回避できるとされており、配備前に阻止する必要があったという。もうひとつは「防空システムの弱体化」で、2025年の12日間戦争でイランの防空網がすでにダメージを受けており、大規模空爆が実行しやすい状況にあったとされる。 2026年5月2月末、東地中海にアメリカの原子力空母ジェラルド・R・フォードが到着し、軍事的な準備が整ったタイミングでもあったと伝えられている。
2026年2月28日、アメリカ国防総省とイスラエル軍は「エピック・フューリー(壮絶な怒り)作戦」を開始した。イスラエル側の作戦名は「ライジング・ライオン(ライオンズ・ロア)作戦」とも呼ばれる。
- —最高指導者ハメネイ師:2026年2月28日午前9時40分ごろ、CIAが特定したテヘラン中心部の潜伏施設に対しイスラエル軍機が約30発の爆弾を投下。翌3月1日早朝、イラン国営メディアはハメネイ師の死亡を認めたと報じられている。ナシルザデ国防相ら軍幹部3名も死亡が確認されたとされる。
- —核・ミサイルインフラ:フォルドゥ、ナタンズ、イスファハーンの核施設や弾道ミサイル関連施設が攻撃対象となったとされる。ただし、地中貫通爆弾が届かない地下深部の施設への影響は限定的だったとも評価されている。
- —防空・海軍戦力:革命防衛隊のドローン基地、海軍施設、レーダーシステムなど広範な軍事インフラが攻撃された。
作戦開始からわずか48時間で米軍は1,700回、イスラエル軍は1,600回以上の出撃を行ったと伝えられている。これは2003年のイラク戦争初期の2倍以上の規模だという。3月4日時点でアメリカ軍はイラン国内の2,000か所以上の目標を攻撃したとも報じられている。
軍事作戦と並行して、経済面からの包囲網も敷かれた。トランプ政権は2026年3月、イランと商取引を継続するすべての国や企業に対し、アメリカへの輸出品に一律「25%の追加関税」を課す方針を表明したと報じられている。これは世界中の企業に「アメリカ市場か、イランか」の二択を迫る、従来の金融制裁とは異なる強力な圧力だという指摘がある。
攻撃開始から2時間後、トランプ大統領は8分間のビデオ声明を発表。「今こそ、イラン国民は運命を自ら掌握する時だ」「この機会を逃してはならない」とイラン国民に呼びかけ、作戦の目的が事実上の体制転換(レジーム・チェンジ)にあることを示唆したと報じられている。
体制は崩壊したか
アメリカが期待した「体制崩壊」や「穏健化」は、2026年3月時点では実現していないという見方が強い。専門家の多くは、外部からの攻撃がむしろ体制の結束を促す「接着剤」として機能していると分析している。
穏健派の有力者(ラリジャニ氏など)が空爆で死亡したことで、体制内の調整役は失われたという指摘がある。その結果、ハメネイ師の次男・モジタバ・ハメネイが革命防衛隊の全面支持を受けて後継最高指導者に指名されたと報じられている(2026年3月8日付)。
外交問題評議会(CFR)は「ハメネイ師を排除することは、政権交代と同義ではない。IRGCこそが政権そのものだ」と指摘したと伝えられている。
- —弾道ミサイルやドローンによるイスラエル本土・中東各地の米軍基地への波状攻撃
- —ホルムズ海峡の実質的封鎖。これにより原油価格が10%以上高騰し、3月1日時点で一時1バレル75ドルとなったと報じられている
- —フーシ派によるエルサレム・ヨルダン川西岸地区への弾道ミサイル攻撃
- —親イラン派によるヨルダン・UAE の銀行・製油所・海水淡水化施設への攻撃や警告
3月13日の米国防省ブリーフィングによれば、連合軍はこれまでに15,000か所以上の目標を打撃し、イランの弾道ミサイル発射能力を当初から92%減少させることに成功したと発表されている。一方、核開発施設の破壊については「きわめて限定的だった」との評価もある。地中深くにある施設は地中貫通爆弾でも届かない部分があるためだという。
ホルムズ海峡は、世界の原油供給のおよそ20%が通過する要衝だ。この海峡がイランの報復によって封鎖または不安定化すると、エネルギー価格の高騰が世界規模で波及するという指摘がある。
- —2026年3月1日:米国の石油価格が10%以上高騰、一時1バレル75ドルへ
- —戦争が長期化すれば、原油価格が1バレル100ドルを超えるとの予測もあると報じられている
- —ドバイ空港では近隣地域への攻撃を受けて欠航が相次いだという
アメリカでも作戦の費用が問題視されている。開戦から24時間だけで約7億7,900万ドル(約1,100億円以上)を使い、作戦開始から数日で戦費が50億ドルを超えたと報じられている。政治専門紙「ポリティコ」は、2026年11月に控える中間選挙の争点が「手頃な価格(affordability)」になる中、「ガソリン価格の高騰が政治的リスクを浮き彫りにした」と伝えている。
日本は原油の多くを中東から輸入しており、ホルムズ海峡の不安定化はエネルギーコストの上昇を通じて製造業のコスト圧迫や物価高を招くという指摘がある。ドバイ空港の欠航など物流への影響も報告されており、紛争の長期化はサプライチェーン全体に波及するリスクがあるとされている。



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